スワンブルワリー(Swan Brewery)

SWAN BREWERY(スワンブルワリー)概要

SWAN BREWERY(スワンブルワリー)

スワンブルワリーはオーストラリア、Western Australia(西オーストラリア州)の州都、Perth(パース)、Canning Vale(カニングベール)に本拠地を置く醸造所。
1879年に創業を開始。
西オーストラリア州にはもともとスワンブルワリーの他に、Emu Brewery(エミューブルワリー)というビール会社が存在し、この2つのビール会社が西オーストラリア州のビール産業を牽引してきた。
スワンもエミューもパース周辺はもとより同州内にて絶大な人気を獲得していたと共に、お互いがお互いを最大のライバルとして認識、より良いビール造りに研鑽していたのである。

1927年にはスワンブルワリーによるエミューブルワリー買収が行われた。最大のライバル会社が同一企業として再出発したのであった。
現在はLion Nathan(ライオンネイサン)によって保有されている。
スワンブルワリーにて作られるビールのブランドは上記の通り合併が行われたことにより、スワンとエミューの2つが存在する。 しかしながら製造されるビールの種類はかなり少なく、季節限定商品等もあまり見かけない。
現在製造されているビールは以下の種類のみ。

Swan Draught(スワンドラフト)

Emu Bitter(エミュービター)

Emu Draft(エミュードラフト)

Emu Export(エミューエクスポート)

エミュードラフトがミッドストレング、それ以外はすべてフルストレングスのラガータイプとなっている。
スワンドラフトは西オーストラリア州において絶大な人気を持つ。ワイルドな香りを放ち、フルボデイーながらサッパリと仕上げられ素直なビール本来の旨味が生きている。

エミュービターは豊かなホップの香りと苦味が心地よく、それでいて主張し過ぎないため様々な料理にも合うよう仕上げられている。

エミュードラフトはミッドストレングにすることによりどんな料理にも合い、また選ばれた麦芽を使用することにより深い琥珀色を実現、爽やかな甘いハチミツのような香りを残す。

エミューエクスポートは苦味を抑えてコクを際立たせフルボデイーに仕上げた。敢えていわゆる「普通のビール」とすることで万人の受け入れを獲得。クリアでとても素直なあじわい。

いずれのビールも味わいはとてもオーソドックスにまとめてあり、古くから変わらないあじわいが飲むものの心を和ませるような仕上がりになっている。
この4種類すべてが同ブルワリーのフラックシップ的な位置付だ。最近のドライビールやプレミアムビールに慣れている人々、特に若者からはじゃっかん物足りないと表現されるとこもあるが、もはやそれこそがスワンとエミューの醍醐味とも言える。

スワン川を望むスワンブルワリー
↑スワン川を望むスワンブルワリー
Photo:http://www.abc.net.au/news/2012-10-17/swan-brewery-to-close-in-perth-with-job-losses/4318482

 

エミューブルワリーの歴史

エミューブルワリーに付いては、1927年スワンブルワリーによって買収されるまでの歴史を簡単に説明する。
エミューブルワリーの歴史は1837年、James Stokes(ジェームスストークス)によりAlbion Brewery(アルビオンブルワリー)が立ち上げられたことに始まる。

場所は後に立ちあげられたスワンブルワリーと同じく西オーストラリア州パースの中心地から程近い所、Swan River(スワン川)近くだった。 その頃パース周辺にはビール醸造所が全くなかった事と、ジェームスがもともと抱いていたビールを製造したいという思いがマッチした。
抜群にうまいビールを作る醸造所ということで、瞬く間に知られるようになったが、アルビオンブルワリーの名前よりも彼の名前をとってStokes’ Brewery(ストークスブルワリー)と呼ばれることが多かった。
その後継起の低迷などに見回れあルビブルワリーも何度か危機に立たされるもジェームスの頑張りで何とかそれをしのいでいった。

1840年代には景気も回復。アルビオンブルワリーも持ち直し1848年には当時の醸造元のすぐ側に新たなビール工場を建てることになった。新たなビール工事はStanley Brewery(スタンレーブルワリー)と名付けられ、そこで醸されるビールはその他の商品との差別化をはかるためそのキャラクターとしてエミューが使用されるようになった。

1860年代ジェームスの引退後は複数のビジネスパートナーが彼のブルワリーを継いでいったのだかパートナー達による運営は長く続かなかった。回りの存続希望の声等もありビール工事は幾人かの事業家達の手を渡っていった。

1909年には社名をEmu Brewery Ltd.(エミューブルワリー)に変更。 再度経営を安定さて先へ行かれていた感のあったスワンブルワリーと対等に渡り合うまでに復活した。

1923年には現在でも変わらぬ製法で造られている同社のフラッグシップ商品エミュービターが誕生した。 残念なことに1928年にはついにスワンブルワリーへ吸収される道を選んだのだった。
スワンブルワリーはエミューブルワーリを別ブランドとして存続させることとし一般の消費者には表向き何も変わらずビールが存続しているかのように思われた。

 

スワンブルワリーの歴史

スワンブルワリーはエミューブルワリーよりも少し後の1857年、Fredrick Sherwood(フレドリックシャーウッド)により立ちあげられた。
ブルワリーのすぐ近くにスワン川があり、そこでみかけたスワン(白鳥)にヒントを得て付けられた名前だった。

ライバルだったエミューブルワリーより後発であったがあっという間に世間に浸透していった。
また同時にホテル産業にも乗り出していきこちらも順調に業績を伸ばしていた。

1879年にはMt Eliza(マウントイライザ)と呼ばれる町を一望できる丘のふもと、パース中心地からほとんど離れていない所のスワン川沿いへ場所を移した。
スワンブルワリーの経営に付いては立ち上げたフレドリック引退の後、経営件を貸し出し、様々な人の手によって成長を続けていった。 ビール工場移設の後、次第にこの地域でのビールシェアの大部分を握るようになっていったスワンブルワリーは、ブルワリーの建物自体もこの地域のアイコンとして知られていくようになった。

1887年にはSwan Brewery Co Ltdとしてブルワリーを法人化。

1888年には同地域のLion Brewery(ライオンブルワリー)を買収。その後訪れる大不況にも何ら動じることなく安定した経営を続けていった。

1900年代には西オーストラリア州での地位を支配的なものとするまで成長、1920年代初頭にはラガータイプのSwanBitter(スワンビター)が登場、後に販売されるSwan Lager(スワンラガー)へのいしづえを築いた。

1927年には西オーストラリア州での最大のライバル、エミューブルワリーを吸収。 しかし、スワンはこれを敵を消滅させるためではなく、経営状態が少しずつ悪化し始めたエミューを救うために行った。 エミューは別ブランドとして残すことにより現在まで人々に愛される商品となった。

1933年、スワンラガーの製造を開始、爆発的人気を獲得。

1943年には西オーストラリア州に残る最後の主要なビール会社、The Kalgoorlie Brewing and Ice Company(カルグーリブルーイングアンドアイスカンパニー)を買収。西オーストラリア州での地位はほぼ独占的なものとなった。 カルグーリブルーイングアンドアイスカンパニーはパースから東へ約600kmの地でJames Hurtle Cummins(ジェームスハートルカミンス)によって1896年に立ち上げられた醸造所で、その後は娘のAlice Cummins(アリスカミンズ)という女性により運営されていた。
同社のフラッグシップ製品Hannans Lager(ハナンズラガー)、K Prize Ale(ケープライズエール)、K Extra Stout(ケーエクストラスタウト)は非常に高い人気を得ていたため当初カルグーリブルーイングはそのままの名前で残り、またもともと製造されていた素晴らしいビールも別ブランドで存続したが次第にその数を減らし、ついにはこの世から消えてしまった。

1978年はビール工場及び拠点をパース中心地から南へ約20km離れたCanning Vale(カニングベール)へ移動。現在まで利用されることとなった。

その後、1981年10月26日にオーストラリア伝説のビジネスマンAlan Bond(アランボンド)が運営するBond Corporation(ボンドコーポレーション)によって1.5億ドルで買収さた。
1990年9月ボンド・コーポレーションの株式50%そしてその2年後にはすべての株式がLion Nathan(ライオンネイサン)によって買収されてしまった。

ちなみに1879年、スワン川沿いに建てられた昔のスワンブルワリーは現代風に改築された後、The Old Brewery(オールドブルワリー)と名前を変え2001年に再オープン。朝食からディナーまでを幅広く提供するカフェダイニングや、様々な催事に利用されたりと賑わいを見せている。

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