ライオンネイサン(Lion Nathan)

LION NATHAN(ライオンネイサン)概要

LION NATHAN(ライオンネイサン)

ライオンネイサンはかつてはニュージーランドに、現在はオーストラリアのシドニーに本拠地を置く、アルコール飲料の製造及び販売を行う会社であり、持株会社、ライオン(LION PTY LTD) の子会社である。
(かつてのNathan National Foods(ライオンネイサンナショナルフーズ)が社名を変更しライオンとなった。)

親会社のライオンそのものは日本の企業であるKirin Holdings Company Limited(キリンホールディングス)により、その全ての株式を取得された完全子会社である。結果、ライオンネイサンも日本のキリンホールディングスの子会社となっている。
ビールやワインを主力製品としその他様々なアルコール製品を取り扱うが、ワイン産業に参入したのは2000年頃からで、オーストラリアや、ニュージーランドを中心とし、その他アジア、ヨーロッパ、北米、南米なと多くの国で事業を展開する。また、ビールの製造から卸し、小売りまでを一括する販売チャネルを持つ。
オーストラリア国内におけるビールのマーケットシェアは

あフォスターズグループについで第2位で、かつて本拠地があった国、ニュージーランドでは第一位である。エール、ラガー、スタウトなど製造するビールの種別は多数にのぼり、XXXX(フォーエックス)、Tooheys(トゥーイーズ)やEmu(エミュー)などといった超有名なものから、それほど知られていないものまで非常に多くのビールブランドを取り揃える。

ライオンネイサン組織図

ライオンネイサンという会社そのものの発足は1988年、LD Nathan & Co(エルディーネイサンアンドコー)と、Lion Breweries(ライオンブルワリーズ)という2つの巨大企業の合併によって誕生した。いずれの会社もニュージーランドに本拠地を置く企業であった。
ライオンネイサン発足以前、両企業とも株式取得による企業の買収を多方面へ進めていた。
エルディーネイサンアンドコーは主にスパーマーケットやデパートの株式取得に、ライオンブルワリーズは主にビール会社の株式取得にそれぞれ興味があった。
エルディーネイサンアンドコーのもつ株式には、ニュージーランドとオーストラリアの巨大スーパーマーケット、Woolworths(ウールワース)なども含まれていた。
ライオンネイサン発足後はオーストラリアへその勢力を拡大、発足時1980年代にはその95%の売上がニュージーランド内から発生していたものが1990年代には逆転、オーストラリア国内で80%程の収入をまかなえるまでに成長した。

 

フォスターズグループ所有のブルワリーとビールブランド

所有ブルワリーその1:
トゥーイーズ(Tooheys)
トゥーイーズが製造するビールのブランド
TOOHEYS (トゥーイーズ)

 

所有ブルワリーその2:
カッスルメインパーキンス(Castlemaine Perkins)
カッスルメインパーキンスが製造するビールのブランド
XXXX (フォーエックス)

 

所有ブルワリーその3:
ハーン(Hahn)
ハーンが製造するビールのブランド
HAHN (ハーン)

 

所有ブルワリーその4:
ジェイボーグ&サンズ(J. Boag & Sons)
ジェイボーグ&サンズが製造するビールのブランド
JAMES BOAG’S (ジェイムスボーグズ)
BOAG’S (ボーグズ)

 

所有ブルワリーその5:
ジェイムススクワイア(James Squire)
ジェイムススクワイアが製造するビールのブランド
JAMES SQUIRE (ジェイムススクワイア)

 

所有ブルワリーその6:
スワン(Swan)
スワンが製造するビールのブランド
SWAN (スワン)
EMU (エミュー)

 

所有ブルワリーその7:
サウスオーストラリアンブルーイングカンパニー(South Australian Brewing Company)
サウスオーストラリアンブルーイングカンパニーが製造するビールのブランド
WEST END (ウエストエンド)
SOUTHWARK (サザーク)

 

ライオンネイサンの歴史

ライオンネイサンの起源は1840年にまでさかのぼる。ニュージーランドのオークランドにてHobson Bridge Brewery(ホブソンブリッジブルワリー)というビール会社がJohn Logan Campbell(ジョンローガンキャンプベル)とWilliam Brown(ウィリアムブラウン)という二人の男によって営まれていた。

ホブソンブリッジブルワリーは最終的にDomain Brewery(ドメインブルワリー)と名前を変えたのち1898年に別のビール会社、Louis Ehrenfried(ルイスエーレンフリート)によって立ち上げられたAlbert Brewery(アルバートブルワリー)と合併。社名をCampbell and Ehrenfried(キャンプベルアンドエーレンフリート)と変更、エーレンフリートの甥、Arthur Myers(アーサーマイヤーズ)が 初代マネージャーとなり指揮をとることとなった。

1900年代初頭より、キャンプベルアンドエーレンフリートはニュージーランドのビール業界を牽引していく企業へと大きく成長していった。

1915年にはニュージーランド、オークランドにある、1860年にRichard Seccombeによってたてられたこちらもまたニュージーランドを代表するブルワリー、Great Northern Brewery(グレートノーザンブルワリー)と合併。 グレートノーザンブルワリーが成功していた1つの理由にブランディングイメージの利用があった。リチャードは家紋に描かれていたライオンから自社ブランドをそのままLion(ライオン)の名の下利用していた。
キャンプベルアンドエーレンフリートもまたこのブランド名をさらにフィーチャーすることを考え、社名を変更した。
新しい社名はグレートノーザンブルワリーからLion Brewery(ライオンブルワリー)へと換えられた。

この頃、アルコール抑制に関する法律、いわゆる禁酒法、を支持する動きが活発化してきた事を受け、各ビールメーカーはもっと個々の発言力の強化が必要だと考えていた。
しかしながらそれぞれ独立したビールメーカーだけではその動きを止める事はむつかしく各社が協力して行うしか方法が無いと考えるようになった。
1923年、同じように考えていた10社集がまり、新たな共同体を形成することでその流れを食い止めようとなった。新たな集まりはNew Zealand Brewery(ニュージーランドブルワリー)と名付けられ、ニュージーランド国内でのビール産業において支配的な発言力を持つまでになっていった。

キャンプベルアンドエーレンフリートはその後ビール以外の産業にも進出することで着々とその力をつけていったのだった。
その間、会社の指揮はアーサーマイヤーズの息子、Kenneth Myers(ケネスマイヤーズ)に移ったのちに、1965年にはさらにその息子のDouglas Myers(ダグラスマイヤーズ)へと変わっていった。この頃には会社の勢力はある程度分散し独立した部門がそれぞれの決定権を持っていたのだが、ケネスとダグラスは共同で再度会社を2人の完全支配下に置くよう活動していった。

またビール以外のアルコール分野にも進出したいと考えていたキャンプベルアンドエーレンフリートは1971年に、ライオンブルワリーと合同でNew Zealand Wines and Spirits(ニュージーランドワインズアンドスピリッツ)を設立、その株式の50%はマイヤーズ家によって保有されることとなった。

ニュージーランドワインズアンドスピリッツは瞬く間にオーストラリアを含むニュージーランド界隈でその力を発揮。ワインと蒸留酒(スピリッツ)においては生産から販売にいたるまで広くその名をとどろかせることとなった。

そのころにはライオンブルワリーの主要製品のひとつLion Red(ライオンレッド)というビールがニュージーランドでもっとも売られる商品へと成長していった。

1981年にはダグラスマイヤーズはニュージーランドワインズアンドスピリッツの株式を売却、代わりに20%ものライオンブルワリーの株式を取得、翌82年には最高経営責任者の座につくとともに、社名をLion Corporation(ライオンコーポレーション)へと変更したのだった。
着々とライオンブルワリーの株式取得に力を入れていたダグラスは85年までに約30%の株式取得に成功。その後はまず、ニュージーランド国内でライオンコーポレーションの市場拡大に向けて動き出したのだ。また同じ年にはLD Nathan & Co(エルディーネイサンアンドコー)と合併についての話し合いに乗り出し1988年には合併という名目で買収に成功、新たな企業体はLion Nathan(ライオンネイサン)と名付けられ、現在でもその社名が利用され続けている。

エルディーネイサンアンドコーはその当時のニュージーランド最大の小売業を営んでおり、合併後のライオンネイサンもその引継ぎにより、現在ではオーストラリア、ニュージーランドで最大の小売業者Woolworth’s(ウールワース)やその他大手ソフトドリンクメーカー、不動産業などを抱えていたのだがアルコール事業に力をいれるためそれらの事業を切り離していく路線へ変更、1990年までにはアルコールに関わる分野以外についてはほぼ全て売却が終了した。

1990年にはオーストラリアの Bond Corporation(ボンドコーポレーション)によって運営されていたNational Brewery(ナショナルブルワリー)の株式50%を取得、92年には完全な買収が完了。ナショナルブルワリーが保持するオーストラリア屈指のビールブランド、XXXX(フォーエックス)を製造するCastlemain Perkins(カッスルメインパーキンス社)やTooheys(トゥーイーズ)ブランドで有名なトゥーイーズ社、同じくSwan(スワン)ブランドのスワン社などを手に入れることに成功。ここからライオンネイサンのオーストラリア国内での躍進が始まったのだった。

1992年、アデレードを中心とした南オーストラリア地区で屈指のSouth Australian Brewing Company(サウスオーストラリアブルーイングカンパニー)を買収。現在でも超有名なビールブランド、Hahn(ハーン)、Southwark(サザーク)、West End(ウェストエンド)などを獲得、勢力拡大を続けていった。
その後、オーストラリア国内だけではなく広く世界に目を向ける必要があると考えたライオンネイサン。まずは中国を中心としたアジアへの進出を果たして行った。
1995年には中国の無錫市にあるTaihushui Brewery(太湖水ブルワリー)の株式取得を開始、2000年までに約90%の獲得が終了している。

1998年にはダグラスマイヤーズが引退、同時に日本のキリンビール(現在は「キリンホールディングス」)による45%にのぼる株式取得に合意。新たなCEOにはGordon Cairns(ゴードンケアンズ)が就任した。
キリンビールの参入により地域や工場毎にみられた製品のばらつきが次第になくなりビール製造技術は向上していったのだった。

2000年には本社をオーストラリアのシドニーへ移転、またワイン産業へも進出決定、ワイナリーの買収に乗り出した。
2008年にはオーストラリア清涼飲料水最大手企業、Coca-Cola Amatil(コカコーラアアマティル)へ買収の提案を行うが却下される。
2009年キリンホールディングスによる株式取得に合意し全株式を売却、それと同時にオーストラリアとニュージランドでの上場が廃止された。
同年10月、キリンホールディングスによって立ち上げられたLion Nathan National Foods(ライオンネイサンナショナルフーズ)をオセアニア地区に於ける多事業を統括する持ち株会社と位置づけ。ライオンネイサンはその子会社として運営されることとなった。

ライオンネイサンナショナルフーズは、ライオンネイサンと、オーストラリア最大のデイリーフードと清涼飲料水を取り扱う会社の合併によって誕生した。
2011年、親会社であるライオンネイサンナショナルフーズは社名を「ライオン(LION PTY LTD)」へ変更。商号はそのままであるが商標はすべて「LION」へ変更された。

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