ビールを楽しむために欠かせないのがグラスです。その中でも「パイントグラス」は、イギリスやオーストラリアをはじめとするパブ文化において最も象徴的な存在です。
容量が大きく、飲みごたえをしっかり感じられるため、「ビールを一杯」といえばパイントを指す場面も多く、パブの雰囲気そのものを形づくっていると言えるでしょう。
しかし一口に「パイントグラス」といっても、国によって容量が異なることをご存じでしょうか。イギリスのパイントは568mL、アメリカのパイントは473mLと大きさが違い、オーストラリアでは地域によって425mLをパイントと呼ぶ例外も存在します。
つまり「パイントグラス」という言葉は、単なるグラスの呼称ではなく、「その国や地域のビール文化を映し出す鏡」のような存在なのです。
この記事では、パイントグラスの代表的な種類である「ノニック型」と「コニカル型」を中心に解説し、それ以外のバリエーションについても紹介します。さらに各国での文化的な違いや、日本での事情についても触れていきます。
パイントグラスとは?
パイントグラスとは、1パイントの容量を注ぐことを目的に作られたビアグラス のことです。
ここで大切なのは、「パイント」という言葉は本来「体積の単位」であり、グラスの形状を意味するものではないという点です。
したがって「パイントグラス」とは「1パイント分の容量を入れられるグラス」という意味であり、その形状やデザインには複数の種類があります。最も有名なのが、イギリスやオーストラリアで普及しているノニック型と、アメリカで広く使われるコニカル型です。
パイントの容量の違い
- UKパイント(インペリアルパイント)=568mL
- USパイント=473mL
- オーストラリアの一般的なパイント=568mL(ただし南オーストラリア州では425mLをパイントと呼ぶ例外あり)
- 日本の英国風パブ(例:HUB)=568mLが基本
このように「同じパイント」でも容量が異なるため、海外旅行で「パイントください」と注文すると、国によって異なる大きさのグラスが出てきます。
パイントグラスが文化に果たす役割
パイントグラスは単にビールを注ぐ器ではなく、パブ文化そのものを象徴する存在です。
「みんなで同じサイズのグラスで乾杯する」ことで場に一体感が生まれ、また容量が大きいことで1杯をじっくり楽しむスタイルが定着しています。
オーストラリアやイギリスでは、パイントグラスを片手に会話を楽しむこと自体が日常の一部であり、「パイント=社交の道具」として機能しているのです。
ノニックパイントグラス
ノニックパイントグラスの特徴
ノニックパイントグラス(Nonic Pint Glass)は、イギリスやオーストラリアのパブで最もよく使われるパイントグラスの形状です。
最大の特徴は、グラスの上部がわずかに外側へ膨らんでいるデザイン にあります。この膨らみは「ノッチ(notch=くぼみ)」のように見えることから「ノニック」と呼ばれるようになりました。
この構造にはいくつかの実用的な意味があります。
- グラスを重ねても密着しにくく、割れにくい
- 指が自然に膨らみ部分にフィットし、持ちやすい
- ビールの泡が上部で安定し、香りや風味が長持ちする
シンプルでありながら機能性が高いことから、イギリスではパイントグラスといえばほとんどがノニック型を指します。オーストラリアでも同様に普及しており、日常的に使われるグラスとして定着しています。

ノニックパイントグラスのメリット
- 耐久性の高さ
厚みのあるガラスに加え、重ねても割れにくい設計になっているため、日々大量のグラスを扱うパブに最適です。 - 泡立ちの維持
膨らんだ部分がビールの泡を留める役割を果たし、最後までクリーミーな泡を楽しめます。ラガーやエールなど幅広いビールに適しています。 - 実用的で汎用性が高い
イギリスやオーストラリアのパブでは、ラガー、エール、スタウトとあらゆるスタイルにノニックグラスが使われており、まさに「万能のグラス」と言えます。
ノニックパイントグラスのデメリット
万能型である一方、クラフトビール愛好家からは「香りを閉じ込める効果が弱い」と指摘されることもあります。IPAやベルギービールのように香りを重視するビールには、チューリップ型やゴブレット型の方が適しているとされます。
また、デザイン的には「無骨でシンプルすぎる」と感じる人もおり、家庭用や贈答用としてはやや地味な印象を持たれることもあります。
歴史的背景
ノニックパイントグラスは20世紀初頭のイギリスで普及しました。それ以前は直線的なグラス(いわゆるコニカル型)が主流でしたが、パブでの重ね置きによる破損や泡の消えやすさが問題となっていました。
その解決策として登場したのがノニック型であり、瞬く間にイギリス全土に広がったと言われています。現在ではイギリスのパブ文化を象徴するグラスとして定着しています。
文化的役割
イギリスやオーストラリアのパブでノニック型が普及した理由は、その 実用性とコストパフォーマンス にあります。毎晩多くの人々がパイントを飲み交わす環境では、割れにくく、扱いやすく、泡を長持ちさせるグラスが求められました。
ノニックパイントはその条件を満たした理想的な器であり、単なる道具を超えて「パブ文化の象徴」となっているのです。
コニカルパイントグラス
コニカルパイントグラスの特徴
コニカルパイントグラス(Conical Pint Glass)は、真っ直ぐな円筒形をしたシンプルなパイントグラス です。
装飾や特殊な形状はなく、上から下までほぼ同じ幅で作られているため、製造コストが低く、どこにでも普及しやすいのが特徴です。
このシンプルさから、アメリカでは「シェイカーパイント(Shaker Pint)」とも呼ばれています。これは元々カクテル用のシェイカーに合わせるために作られた形状で、それがそのままビール用グラスとしても普及したものです。

コニカルパイントグラスのメリット
- コストが安い
複雑な加工が不要で製造が容易なため、大量生産に向いています。飲食店にとっては導入コストが低いことから、業務用として非常に扱いやすいグラスです。 - 取り扱いのしやすさ
直線的な形状のため洗いやすく、スタッキングもしやすいという利点があります。特に回転率の高い店舗では大きなメリットになります。 - デザインの自由度
表面が平らなため、ロゴやブランドデザインを印刷しやすく、宣伝用のノベルティグラスとして広く使われています。クラフトビールのブリュワリーが自社ロゴ入りのコニカルパイントを販売するケースも多く見られます。
コニカルパイントグラスのデメリット
シンプルで便利な反面、ビールを「美味しく飲む」という観点では欠点もあります。
- 泡立ちが弱く、泡が消えやすい
- 香りを閉じ込める効果がなく、アロマを楽しむビールには不向き
- ガラスが薄い場合は温度が上がりやすく、冷えたビールを長時間楽しむには不向き
そのため、コニカル型はクラフトビール愛好家からは「機能性に欠ける」と評されることもあります。ただし、ライトラガーや喉ごしを楽しむタイプのビールでは特に問題なく、むしろ「気軽に飲むのにちょうどいいグラス」とも言えます。
歴史的背景
コニカル型の歴史は古く、20世紀初頭のアメリカで大量生産の容易さから急速に広まりました。第二次世界大戦後にはアメリカ全土のバーやレストランに普及し、現在では「アメリカンパイント」といえばほとんどがこの形状を指します。
イギリスやオーストラリアでも見かけることはありますが、定番はあくまでノニック型であり、コニカル型は補助的な存在に留まっています。
ノニック型との比較
- 耐久性:ノニック型の方が重ね置きに強く、割れにくい
- 香りの保持:ノニック型は泡を保ちやすいが、コニカル型は弱い
- コスト:コニカル型は製造が安く、導入コストも低い
- 見た目:コニカル型はシンプルでロゴを映えさせやすい
このように、コニカル型は「コストと使いやすさ」、ノニック型は「機能性と耐久性」に優れていると言えます。どちらが優れているかは一概に言えず、利用する環境や目的によって選ばれてきた歴史があります。
その他のパイントグラス
パイントグラスには、ノニック型やコニカル型以外にもいくつかのバリエーションが存在します。特定のビールスタイルに合わせて使われたり、クラフトビール文化の広がりとともに再評価されたりしています。ここでは代表的なものをご紹介します。
チューリップ型パイントグラス
チューリップの花のように、下部が絞られ、上部に向かってふくらんだ形状をしているグラスです。
- 香りを閉じ込める効果 が高く、ホップのアロマを楽しむIPAやベルギービールに適しています。
- 泡持ちも良く、グラスの上部にアロマが溜まることで、香りと味をバランス良く感じられるのが特徴です。
- 見た目にも高級感があり、クラフトビール専門店や高価格帯のレストランでよく使われています。
ただし、形状が複雑なため洗いにくく、業務用として大量に使うには扱いにくいという欠点もあります。
ウィリーベッカー型(Willi Becher)
ドイツで広く使われているスタイルで、やや背が高く、上に向かって少し広がる円筒形のグラスです。
- ラガーやピルスナーなど、爽快感を重視するビールに適しており、泡の立ち方が美しいのが特徴です。
- ドイツのビール文化の影響を受けて、アメリカやオーストラリアのクラフトビールバーでも見かけることがあります。
- デザインはシンプルですが、ノニック型ほど無骨ではなく、スタイリッシュな印象を与えます。
プラスチック製のパイントグラス
近年、音楽フェスやスポーツ観戦などのイベント会場では プラスチック製のパイントグラス が使われることが増えています。
- 割れる心配がなく、安全性が高い
- 洗浄の手間が省ける
- 環境配慮型のリユースプラスチック製も登場
見た目や口当たりはガラスに劣りますが、屋外イベントや混雑した会場では非常に実用的です。
その他の特殊グラス
クラフトビールの人気に伴い、パイントグラスにも多様なデザインが登場しています。
- ステム(脚付き)パイントグラス:ワイングラスのように脚がついており、温度上昇を防ぎつつ上品に飲める。
- 厚底グラス:底を厚くして安定性を高めたもの。パブの激しい使用環境でも割れにくい。
- ブランド専用グラス:ギネスやハイネケンなど、特定の銘柄専用にデザインされたパイントグラスも数多く存在します。
まとめ(この章の要点)
- チューリップ型:香り重視。IPAやベルギービールに最適。
- ウィリーベッカー型:ドイツの伝統。ラガーやピルスナーに合う。
- プラスチック製:イベント用に安全で便利。
- その他の特殊型:クラフトビールやブランド専用に多様化。
このように、ノニック型やコニカル型以外にもさまざまなパイントグラスが存在し、それぞれの特徴がビール体験をさらに豊かにしてくれます。
各国におけるパイントグラス文化
パイントグラスは世界中で使われていますが、その形状や容量、文化的な位置づけは国によって大きく異なります。ここでは代表的な4つの国・地域について見ていきましょう。
イギリス
パイントグラスといえば、まずイギリスが思い浮かびます。
英国では インペリアルパイント=568mL が法律で定められており、パブで提供されるパイントグラスには政府認証の刻印(クラウンマークやCEマーク)が入っています。
これは「ビールが正しく1パイント入っていること」を保証するためであり、パイントが単なる容量単位以上に「国の文化・制度に根付いた存在」であることを示しています。
イギリスで最も一般的なのはノニック型で、実用性の高さと耐久性から、ほぼすべてのパブで採用されています。まさに「パイント=ノニックグラス」という公式が成立していると言えるでしょう。
アメリカ
アメリカでは USパイント=473mL が基準となっており、グラスの形状はコニカル型(シェイカーパイント)が主流です。
シンプルで製造コストが安いため、全国のバーやレストランで広く使われています。また、表面が平らでロゴ印刷がしやすいため、クラフトビールブリュワリーが自社ブランド入りのパイントグラスを販売することも多く見られます。
ただし、シェイカーパイントは香りや泡を活かす点では弱く、「ビールを美味しく飲むグラス」としては批判もあります。それでもアメリカの文化では「気軽にガブ飲みする器」として定着しており、ビール消費の大衆化を支えてきた重要な道具であることは間違いありません。
オーストラリア
オーストラリアでは UK式=568mL が基本ですが、例外として南オーストラリア州では 425mLをパイントと呼ぶ という独特の文化があります。このため、州をまたいでパブに行くと「同じパイントなのに量が違う」という体験をすることになり、旅行者にとっては混乱の原因となります。
形状としてはイギリス同様にノニック型が広く使われていますが、近年はアメリカ文化の影響でコニカル型も増えてきました。クラフトビールバーではチューリップ型やテイスター用の小型グラスも使われるようになり、ビールの多様化とともにグラス文化も広がりを見せています。
日本
日本では、伝統的に「生中(500mL前後)」や「生大(633mL)」といったジョッキ文化が主流であり、パイントグラスは長らく一般的ではありませんでした。
しかし、1990年代以降に英国風パブ(HUBなど)が登場したことで、ノニック型のパイントグラスが徐々に広まりました。これらの店では基本的に568mLが基準であり、日本人にとって「パイント=イギリス式」の認識が定着しています。
また、近年のクラフトビール人気によって、家庭用にパイントグラスを購入する人も増えており、通販サイトや輸入雑貨店で手軽に入手できるようになっています。
まとめ(この章の要点)
- イギリス:ノニック型、568mL、法律で容量を保証
- アメリカ:コニカル型(シェイカー)、473mL、大衆文化の象徴
- オーストラリア:568mLが基本、南部は425mL例外、ノニック+コニカル混在
- 日本:居酒屋文化では未定着、英国風パブやクラフトビール文化で普及

日本におけるパイントグラス事情
日本では、長らく「ジョッキ」がビールを飲むための代表的な器でした。居酒屋で「生ビール」と注文すれば、500mL前後の中ジョッキが出てくるのが一般的であり、これが日本人にとっての標準サイズといえます。そのため「パイント」という単位は、かつてはほとんど馴染みがありませんでした。
英国風パブの登場
状況が変わったのは、1990年代に英国風パブ(例:HUB)が日本各地に登場してからです。
ここで提供される「1パイントビール=568mL」のスタイルが話題となり、日本でも「パイント」という言葉が少しずつ浸透しました。ノニック型のグラスにたっぷり注がれたビールは、ジョッキとはまた違った雰囲気を持ち、英国文化の象徴として受け入れられたのです。
クラフトビール文化とパイントグラス
2010年代以降のクラフトビールブームは、日本におけるパイントグラス普及をさらに加速させました。
多くのクラフトビールバーでは、アメリカ文化を取り入れてコニカル型(シェイカータイプ)を導入しており、ロゴ入りのグラスを販売するブリュワリーも増えました。
これにより、日本国内でも「ノニック型=英国式」「コニカル型=米国式」といった区別が浸透し、ビールのスタイルによってグラスを使い分ける習慣が広がりつつあります。
居酒屋文化との違い
ただし、日本の大衆居酒屋においては、依然として「中ジョッキ」「大ジョッキ」が主流です。
パイントグラスはあくまで「英国風パブ」「クラフトビールバー」「専門店」といった限られた場所で登場するスタイルであり、居酒屋文化の中では未だ一般的ではありません。
つまり日本では「ジョッキ文化」と「パイント文化」が並行して存在しているのです。
家庭用・購入方法
近年は家庭でもパイントグラスを楽しむ人が増えており、通販サイトや輸入雑貨店、クラフトビール専門店で手軽に購入できます。
特に人気があるのは:
- HUBなど英国風パブのオリジナルノニックグラス
- クラフトビールブルワリーが販売するロゴ入りコニカルグラス
- 輸入雑貨店で扱うチューリップ型やブランド専用グラス
自宅で本格的なパブ気分を味わいたい人や、クラフトビールをより美味しく楽しみたい人にとって、パイントグラスは必須アイテムとなりつつあります。
この章のまとめ
- 日本では長らく「ジョッキ文化」が主流
- 英国風パブの登場でノニック型(568mL)が普及
- クラフトビール文化とともにコニカル型も浸透
- 一般居酒屋では未定着だが、家庭や専門店での人気が拡大中

まとめ
パイントグラスは、単なる「大きなビールグラス」ではなく、国や文化ごとに異なる背景を持つ奥深い存在です。
特に代表的な2種類である ノニック型 と コニカル型 は、それぞれに明確な特徴と役割があります。
- ノニックパイントグラス
- グラス上部の膨らみが特徴
- 割れにくく持ちやすい
- 泡立ちや香りを保ちやすい
- イギリスやオーストラリアで広く普及
- コニカルパイントグラス
- シンプルな円筒形
- 製造コストが安く、業務用に扱いやすい
- アメリカでは「シェイカーパイント」として主流
- ロゴ印刷用やノベルティとしても人気
また、これら以外にも チューリップ型 や ウィリーベッカー型、プラスチック製のパイントグラス などが存在し、クラフトビールの多様化とともに使用される場面も増えています。特にクラフトビール専門店では「ビールごとに最適なグラスを選ぶ」文化が浸透しつつあり、パイントグラスのあり方も進化しています。
国別に見ると:
- イギリスではノニック型が定番で、法律によって容量が保証される
- アメリカではコニカル型(473mL)が一般的で、大衆文化の象徴
- オーストラリアでは568mLが基本だが、南オーストラリア州のみ425mLが「パイント」と呼ばれる例外あり
- 日本では英国風パブを通じてノニック型が普及し、クラフトビール文化とともにコニカル型も浸透
つまり、パイントグラス=その国のビール文化を映し出す道具 と言えます。
同じ「パイント」でも容量や形状が違うのは、歴史や文化の積み重ねの結果なのです。
ビールをより美味しく、そしてその土地らしいスタイルで楽しむためには、どのパイントグラスを選ぶかも大切なポイントになります。
自宅で飲む際も、普段のジョッキやタンブラーではなくパイントグラスを使うだけで「まるでパブにいるような雰囲気」を味わえるはずです。